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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)2034号 判決 1963年2月08日

判   決

東京都文京区竹早町四四番地

原告

川本悦雄

右訴訟代理人弁護士

中野富次男

右訴訟復代理人弁護士

三枝基行

同都豊島区椎名町七丁目四、〇四一番地

被告

野村産業株式会社

右代表者代表取締役

野村忠次郎

同所

被告

野村忠次郎

同都世田谷区下馬町一丁目一二六番地

被告

及川一二三

右三名訴訟代理人弁護士

山田重雄

田中仙吉

右当事者間の損害賠償請求訴訟事件について、つぎのとおり判決する。

主文

1  被告らは、各自、原告に対し金九八、一九〇円及びこれに対する昭和三七年二月一八日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「1被告らは、各自、原告に対し、金七三五、二七五円及びこれに対する昭和三七年二月一八日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。2訴訟費用は、被告らの負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、つぎのとおり陳述した。

一  請求の原因

1  昭和三六年八月二八日午後〇時三〇分ころ、国鉄大塚駅々前道路上において、原告と被告及川運転の普通貨物自動車(四れ六七六二号、以下被告車という)とが衝突し、よつて、原告は、頭部外傷前額部挫創、前胸部挫創、頭蓋内出血及び強度の脳震とうの傷害を受けた。

2  この事故は、被告及川の重大な過失によつて生じたものである。すなわち、このとき被告及川は、被告車を運転して大塚辻町方面から大塚駅の方向に向つて時速約四〇ないし五〇粁の速度で進行してきたのであるが、大塚駅前の都電停留所に一台の電車が停車していたのであるから、かような場合に自動車の運転者としては、道路交通法第三一条の規定によつて、原則として電車の後方で停止すべきであり、ただ電車に乗降する乗客がいない場合で電車の左側から一、五米以上の間隔を保つて走行できるときには、徐行して進行すべき義務があるし、もともと、停車中の都電の側方を通過しようとするときは減速して前方に注意し、特に停車中の電車の陰から道路を横断しようとする者を発見したときは、直ちに急停車して事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。ところが、被告及川は、これらの注意義務を怠つて漫然前記の儘停車中の電車の左側方を軌道寄りに進行したため、折からこの電車から反対側の安全地帯に降り、道路を横断しようとして軌道外に一、二歩踏み出した原告に被告車を衝突させて本件事故を惹起したものである。

3  被告会社は、被告車を所有し、その事業のために被告及川を雇傭しているもので、本件事故は、被告会社の事業の執行中に起つたものであるから、被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条及び民法第七一五条第一項の各規定により、被告野村は、従業員十数名のいわゆる個人会社である被告会社の代表取締役として、常時、被告会社に出務し、直接被告及川ら従業員を指揮監督する地位にあつたものであるから、同法第七一五条第二項の規定により、被告及川は、直接の不法行為者として同法第七〇九条、第七一〇条の各規定によつて、原告が本件事故によつて受けた後記の損害を連帯して賠償すべきである。

4  本件事故の発生によつて原告が受けた損害は、つぎのとおりである。

(一)  入院治療費、看護費その他の物質的損害合計金三三五、二七五円。

右の内訳は、別紙目録記載のとおりである。(但し、被告らが負担して支払つた看護婦費用金二五、三〇〇円を除く)

(二)  慰藉料金五〇万円。

原告は、前記負傷のため、数日間生死の境をさまよい、漸く生命を取りとめて同年一一月四日に退院したが、その後なお二カ月間の安静を要し、顔面には生涯消すことのできない瘢痕を残したので、これらの精神的苦痛を慰藉するためには金五〇万円が相当である。

5  しかし、原告は、同年一一月二九日自動車損害賠償保障法の規定に基づく保険金一〇万円を受け取つたので、これを前項の損害額から控除し、残金七三五、二七五円の支払を求めるため被告らに対し昭和三七年二月一六日内容証明郵便を発し、同書面は翌一七日被告らに送達された。そこで原告は、被告らに対し金七三五、二七五円の損害賠償と、支払請求の日の翌日である昭和三七年二月一八日以降完済に至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

二、抗弁に対する答弁

被告らの抗弁事実はいずれも否認する。

被告ら訴訟代理人は、「1原告の請求を棄却する。2訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、つぎのとおり陳述した。

一  請求原因に対する答弁

1  第一項記載の事実中、原告の傷害の部位及び程度は知らないが、その余の事実は認める。

2  第二項記載の被告及川の過失は争う。その詳細は、後記抗弁の項において述べるとおりである。

3  第三項記載の事実中、被告会社が被告車を所有し、被告及川の使用者であること、本件事故が被告会社の事業の執行中に生じたものであること及び被告野村が被告会社の代表取締役であることは認めるが、その余の主張は争う。被告会社に代つてその事業を監督する者は、被告野村ではなくて訴外大平松治である。

4  第四項記載の事実中、被告らが、原告の看護婦費用として金三五、三〇〇円を支払つた事実は援用するが、その余の事実は否認する。

ことに、別紙目録記載の諸費用中、見舞客に対する接待費用、お見舞の返礼費用、病院長及び病院事務長への退院挨拶としての贈物費用、不使用の自動車及びオートバイを預けた謝礼、病院備付の週間誌代金、大阪の実弟への電話料とその上京費負担費用、及び、得意先の店員を臨時に使用した謝礼の費用等は、本件事故の発生と相当因果関係がないし、入院治療費として直接的必然的に必要なものでもない。また、右のうち、お見舞の返礼費用などは、お見舞が損害を填補するものでないことから考えても、これを損害に加えるべきものではない。

5  第五項記載の事実中、原告がその主張のように保険金一〇万円を受け取つたこと及び原告主張の書面がその主張の日に被告らに到達したことは認めるが、その余の主張は争う。

二  抗弁

1  本件事故の発生は、原告の過失のみによるもので、被告及川には何らの過失もなかつた。すなわち、本件事故現場は、国鉄大塚駅前の都電の終点の箇所で、被告及川の進行方向に向つて右側(東側)に停車していた一台の電車の東側に安全地帯が設けられていて、その北端に接して横断歩道も設けられているのである。かような場所で電車から降りた者は、安全地帯から横断歩道を通つて道路を横断しなければならないことは、道路交通法第一二条第二項の規定によつて明白であり、また、歩行者は、車輛等の直前、直後で道路を横断してはならないことも同法第一三条第一項の規定するところである。被告及川は、南方から北方に向つてこの道路を時速三〇ないし三五粁の速度で進行し両方の横断歩道上に歩行者がいないのを確認してその儘電車の西側を進行したところ、その北側すなわち電車の直後から突然原告が被告車の右側面に飛び出し、頭部を被告車のウインドガラスに衝突して道路上に転倒したのである。これは、全く原告が歩行者として守らなければならない右の注意義務に違反し、横断歩道外でしかも左右の安全を確認しないで道路を横断しようとしたために生じたものといわなければならない。

2  本件事故発生当時、被告車には何らの構造上の欠陥も機能の障害もなかつたし、被告会社は、被告及川の選任及び事業の監督について相当の注意を尽していた。

3  仮りに、被告らに損害賠償の義務があるとしても、本件事故の発生について原告に過失のあることは前記のとおりであるから、その額を算定するに当つてこれを斟酌すべきことを求める。

(証拠―省略)

理由

1  昭和三六年八月二八日午後〇時三〇分ころ国鉄大塚駅前道路において原告と被告及川運転の被告車とが衝突したことは当事者間に争いがないし、その成立について争いのない甲第一号証及び原告本人尋問の結果によると、この衝突によつて原告が頭部外傷、前額部挫創、前胸部挫創、頭蓋内出血及び強度の脳震とうの傷害を受けたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

2  (証拠―省略)を総合すると、本件事故が発生した現場付近の道路は、車道幅一三、二米でアスフアルト舗装の見通しのよい南北に一直線に走る道路であるが、中央に路面電車(以下電車又は都電という)の軌道が設けられ、その軌道敷石の幅は複線の所で約五、五米であること、この道路上に設けられている都電大塚駅前停留所は、都電の一系統の起点であるため、停留所の少し南の所から軌道は単線になつて、大塚辻町方面から来る電車はここが終点になり、ここから折返し、同方面に発車するようになつていること、したがつて、この停留所の安全地帯は、道路中央の東側の部分にのみ設けられておりこの安全地帯の西側に停車した電車は、常に安全地帯に面する東側の扉のみを開閉して乗客を乗降させること、同安全地帯の北端に接して東西に横断歩道があり、本件事故発生当時は、同所に信号機が設置されていなかつたこと、本件事故発生の際、この安全地帯の南寄りの位置に電車が一台発車時刻を待つて停車していたが、この電車の降車客はすでにいなかつたこと、原告は、その際、母と子の三人で一旦この電車に乗車したが、急に買物を思いついて一人で電車から降りその後部を廻つて道路の西側を横断しようとしたものであること、被告及川は、車幅約一、四米の被告車を運転してこの道路を南から北に向つて時速約四〇粁の速度で進行し、停車中の右電車と約一米の間隔を置いてその西側の道路に達しかかつたが、電車の後方から道路を横断しようとして進路上に出てくる者はいないと考え、特に減速や徐行もしない儘で進行したこと、そして被告車は、同被告が最初に原告を発見してから衝突するまで約六、三米進行し、その後なお四、八米前進した位置で停車したこと、衝突は、被告車の前面が停車中の電車の後部の縁とほぼ並んだ位置で生し、その結果原告は、衝突地点から約三米北方の位置に倒れ、前示のように主として頭部及び顔面に負傷した他、前歯四本を折損するに至つたこと、及び、被告車は、前面のフロントガラスのみが破損したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実と、原告(一部)及び被告及川各本人尋問の結果とを併せ考えると、原告は、停車中の電車の後方から、左右の交通の安全を十分確認しないで道路を横断しようとして、急に車道上に進出したこと及び、被告がこれを僅か七米足らずの近距離で発見し、危険を感じて急制動の措置をとつたが、その効果が未だ十分現れないうちに被告車は約六米前進し、その前面のフロントガラスの部分に原告の頭部ないし顔面が衝突したものと推認することができる。この認定に反する原告本人の供述部分は採用しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

もともと、自動車の運転者としては、自車の進路と反対方向に向つて停車する都電の右側を通過しようとするときは、降車客や歩行者等が不用意にも突然電車後部の車掌台の背後から、自動車の進路に向つて進出するような事例がままあることに留意し、予め減速していつでも直ちに停車できるように徐行し、しかも、なるべく電車の側面との間隔を広くとつて前方を注視する等の運転方法で進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があると解すべきであり、本件衝突現場のように、電車が停車しているとその西側の車道幅が狭くなつて、いきおい、ここを進行する自動車は電車の側面に接近して通過しなければならなくなるような場所にあつては、右の注意義務は一層強く要求されるものといわなければならない。自動車運転者がこの義務を怠つて事故の発生を招来したとき、道路横断者の不注意に藉口して自己の責任を回避することはできない。ところが、被告及川は、前示のように被告車を運転して、時速約四〇粁の速度で、停車中の電車の右側に差しかかつた際、右の注意義務を怠り、電車の後方から道路を横断する者はいないと軽信し、徐行もせず、電車の側面と約一米の間隔をとつた儘、漫然進行したため、原告を発見して急制動の措置をとつたときにはすでに遅く、原告に被告車を衝突させるに至つたものであるから、原告の不注意はともかくして、本件事故の発生は、被告及川の過失がその一因となつているものといわなければならない。

原告は、被告及川には道路交通法第三一条の規定する停止義務、間隔保持ないし徐行義務に違背した過失がある旨主張するが、同法条は、自動車と電車とが同一方向に進行し、電車が一旦停車した場合に、その左側すなわち、自動車の進路上に電車の乗降客がいる場合又は歩行者が現われるおそれのある場合の危険を防止するため設けられた規定であつて、本件事故発生の際の被告車と電車との関係にあつては適用がないと解すべきである。蓋し、本件事故発生現場は、前示のように都電の一系統の起点で、ここに停車している電車は、被告車の進路とは対向方向に発進するのであるから、同法案にいわゆる「追い付いた」とか「電車の左側」という概念は、被告車と反対方向に進行する自動車について当て嵌まることであるうえ、仮りに本件のような場合にも同法条が適用されるとすると、被告車及びこれと同方向に進行する自動車等は、停車中の電車の反対側にある扉から乗降する乗客の有無を確認することが極めて困難であるところから電車が発車するまで電車の前方に停止していなければならず、遂には、電車の発車間隔によつて数分間ないし十数分間もの間、停止した儘待たなければならない結果になつて、高速性を機能とする自動車の社会的効用を減殺し、かつ、かえつて、交通の著しい渋滞をもたらす不合理なことになるからである。したがつて、原告のこの主張は採用することはできない。

3  被告会社が、被告及川の使用者であつて、被告車を所有していること及び本件事故が被告会社の事業の執行中に生じたものであることは当事者間に争いがないから、被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条の規定にいわゆる「自己のため自動車を運行の用に供する者」であり、本件事故は、民法第七一五条第一項の規定にいわゆる被告会社の被用者が被告会社の「事業の執行に付き」生じたものである。また、証人の証言及び被告及川本人尋問の結果によると、被告会社は、資本金一〇〇万円で従業員十数名のいわゆる個人会社であり、被告野村は、その代表取締役であること(被告野村が被告会社の代表取締役であることは、当事者間に争いがない)、同被告の住所と被告会社の本店所在地は同じであつて、同被告は、常時被告会社に出務し、従業員の指揮監督をしていることが認められる。この認定に反する証拠はない。そうだとすると、被告野村は、同法第七一五条第二項の規定にいわゆる「使用者に代つて事業を監督する者」と解するのが相当である。同被告は、同法条の規定にいわゆる「代監督者」は、被告会社にあつては訴外大平松治であつて、同被告ではない旨主張するが、仮りに同訴外人がその「代監督者」であるとしても、被告野村の「代監督者」としての地位に何ら消長をきたすものではないから、この主張は採用することができない。

4  被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条但書及び民法第七一五条第一項但書前段の各規定する免責事由を主張するが、被告車の運行について被告及川に前示のような過失が認められる以上、自動車損害賠償保障法第三条但書の規定に基づく主張は、その余の点について判断を加えるまでもなく、すでにこの点において理由がないし、証人(省略)の証言によつても、被告会社が被告及川の選任及び事業の監督について相当の注意を怠らなかつたと認めるには未だ十分でなく、その他何らの立証のない本件においては、民法第七一五条第一項但書前段の抗弁もまた採用することができない。

5  以上の理由によつて、被告及川は、民法第七〇九条、第七一〇条、被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条本文(いわゆる人的損害)、及び民法第七一五条、第七〇九条、被告野村は、同法第七一五条第一項、第七〇九条及び第七一〇条の各規定によつて、原告が本件事故の発生によつて受けた後記の損害を連帯して賠償すべき責を免れることはできない。

6  そこで、本件事故の発生によつて原告が受けた損害について判断する。

(一)  (証拠―省略)によると、原告は、別紙目録記載の日にその記載のような出費をし又は、原告方の商品を消費(以下単に出費等という。)したことが認められる。しかしながら、右出費等のうち、(イ)、「見舞客接待」(別紙目録3、9、17、18、26、31ないし34、38、42及び43に記載した分。以下同じ)、付添看護婦への心付(4、11、19、20、27、36、40及び46)、病院長への挨拶(7及び48)、病院事務長への挨拶(49)、病院看護婦への心付(14)及び家政婦への心付(39及び73)等の出費等は、原告が本件事故の発生によつて余儀なくされた出費ということはできないから、これを原告の損害中に算入すべきではないと解する。蓋し、本件事故の発生がなかつたならばかような出資等をすることがなかつたということはできるけれども、これらは、原告の入院又は治療に当然随伴して必然的に発生するものではなく、儀礼的な行為として、人によつては或いは行い又は行わない事柄であつて、その人の人柄によつて生じたり生じなかつたりする費用であるから、原告がその儀礼を尽したとしても、それを当然に被告らに転嫁できると解するのは相当でないからである(ロ)本件事故の発生によつて、原告の母やその妻がより多忙になつたであろうことは当然推認できるけれども、原告は入院中付添看護人を雇つていたことは前示甲第二号証の一〇及び証人川本すゑの証言によつて認められるので、原告の入院のため、その家族が前示甲第二号証の二三によつて認められるように、本件事故発生の日である昭和三六年八月二八日から同年一一月一六日までの一〇四日間家政婦を雇わざるを得なかつた事情については、何らの立証も尽されていないから、別紙目録中「家政婦への料金」(72)は、本件事故の発生による損害と認めることはできない。したがつて、この意味からも前示「家政婦への心付」(39及び73)は、原告の損害ということができないのである。(ハ)「お見舞の返礼」(60ないし68及び71)については、これを本件事後の発生と相当因果関係のある損害と解することができない。また、「大阪の実弟の上京旅費負担」(24)について、原告は、「お見舞の返礼の意味を含めて負担してやつた」旨供述するので、この出費が「お見舞の返礼」ならば右と同様の理由によつてこれを原告の損害に加えるべきではないし、仮りに、「お見舞の返礼」の意味がないとすれば、単なる贈与と推認する以外に何らの証拠もないのであるから、本件事故の発生と相当因果関係のある損害ということはできない。

そうだとすると、原告が本件事故の発生によつて蒙つたいわゆる財産的損害は、別紙目録記載の出費等のうち、前示(イ)ないし(ハ)で排斥した分以外の合計金二二七、三〇〇円であることになり、この損害のうち、35及び74ないし76の各損害を除くその余と、後記の慰藉料とが、自動車損害賠償保障法第三条の規定によつて賠償を求め得るいわゆる人的損害ということができる。

被告らは、別紙目録記載の出費等のうち、不使用の自動車及びオートバイを預けた謝礼、病院備付の週間誌代金、大阪の実弟への電話料及び得意先の店員を臨時に使用した謝礼の費用等も損害に加えるべきではない旨主張するが、これらはいずれも本件事故の発生と相当因果関係がある損害と解すべきであるから、被告らの主張は採用しない。

(二)  その成立について争いのない甲第一号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和六年九月生れで、昭和二九年に早稲田大学を卒業しその母及び妻とともに酒類小売販売売業を営み、一ケ月一一〇万ないし一二〇万円の売上があつて、そのうち約一〇万円の利益があり、土地家屋等を含めて約二千万円の資産を有すること、本件事故のため前示のような傷害を受け、昭和三六年一一月四日まで六九日間の入院生活を送り、退院後も同年中はほとんど家業に従事できなかつたこと、しかし、幸いにも本年二、三月ころから健康も正常に復し、別段後遺症も残つていないことが認められ、この認定に反する証拠はない。この事実と、被告らについての前示諸般の事情とを勘案し、原告に対する慰藉料の額は、金二〇万円をもつて相当であると認める。

(三)  したがつて、原告は、本件事故の発生によつて、合計金四二七、三〇〇円の損害を受けたわけであるが、昭和三六年一一月二九日自動車損害賠償保障法の規定に基づく保険金一〇万円を受け取つたことは当事者間に争いがないから、原告の損害賠償請求権は、金一〇万円の範囲で消滅し、その残額は、金三二七、三〇〇円である。

7  ところで、道路を歩行する者は、横断歩道のある場所の付近において道路を横断しようとするときは、横断歩道を横断すべきであり、また、原則として、車輛等の直前又は直後で道路を横断してはならないことは、道路交通法第一二条及び第一三条の規定によつて明らかである。しかるに、原告は、前示のように横断歩道のある場所の付近で、しかも停車中の電車の直後で横断歩道でない所から道路を横断しようとして、左右の交通の安全を十分確認しない儘、急に被告車の進路上に進出したために被告車と衝突したものであるから、本件事故の発生については、原告の過失も大きな原因となつていることが明らかである。そして、原告のこの過失と、前示の被告及川の過失とは、すでに認定した事実からみて本件事故の発生について、前者が七、後者が三の原因力を有すると解するのが相当であるから、前示原告の損害金三二七、三〇〇円中、被告各自に賠償の責を負わせる範囲は、金九八、一九〇円をもつて相当とする。したがつて、被告ら各自に対し、右金九八、一九〇円の損害賠償と、これに対する原告の賠償請求が被告らに到達した日であることについて当事者間に争いのない昭和三七年二月一七日の翌日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分については、原告の本訴請求は正当であるが、その余は失当として棄却すべきものである。

そこで、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項但書、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判長裁判官 小 川 善 吉

裁判官 高 瀬 秀 雄

裁判官 羽 石   大

(別紙目録省略)

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